改正相続法における故人の預金の引き出しについて
A.
先月号に引き続き、改正相続法の改正点について解説します。
今回は、「遺産分割前の預貯金債権の行使」についてです。
「亡くなった親の銀行口座が凍結されて現金が引き出せず、葬式費用が無く困っている」「亡くなった夫の口座からお金を下ろすことができず、当面の生活費がない」などといったことをよく耳にしますが、残された遺族の当面の問題を回避するために、遺産分割協議が終わっていなくても、預貯金の引き出しができるようになりました。方法は、次の二つです。
@家庭裁判所に仮分割の仮処分を申し立てる方法
生活費や葬儀費用、相続税の納税資金などが必要な場合、他の相続人の利益を害さない範囲で、裁判所が預貯金の仮払いを認めることができるというものです。ただし、調停や遺産分割の審判の申立が前提になるので、手間と時間がかかります。
A一定の割合に限り、家庭の判断を経なくても預金が引き出せる方法(上限があり、法定相続分の3分の1または法務省令で定める額)
「標準的な当面の必要生計費、平均的な葬儀費用など事情を勘案して預貯金債権者ごとに」と定められ、概ね100万円くらいになると予想されています。
たとえば、亡くなった母親名義の預貯金が900万円あったとして、相続人が子ども3人の場合(父親は既に故人)、900万円×3分の1(法定相続人)×3分の1=100万円まで引き出せるようになりました。個々の子ども達に手元の資金が無くても、母親の口座から各自100万円を、下ろしたお金で葬式ができるということです。
法改正の背景には、最高裁判決の「遺産の預貯金は、当然には分割されず、遺産分割の対象となる」という、従来の考えを変更した決定があります。預貯金も、遺産分割しなければ、相続人は自分の法定相続分の預貯金の返還を受けることはできない、となったのです。この結果、資金力のある相続人が有利に遺産分割の交渉を進め、手元資金が無い相続人は、早く資金が必要なことから、不利な遺産分割でも了解することになります。今回の改正は、こういった理不尽な遺産分割の主張を解決する効果もあります。