あすなろ法律事務所


Q.性同一性障害特例法(以下、「特例法」といいます。)の規定が憲法違反という最高裁の大法廷判決がでましたが、よく理解できません。どのように理解したらよいですか。
A.
 特例法の1条は「性同一性障害者とは、生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、その診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する2人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう」と規定しています。つまり、男性(または女性)で生まれたにもかかわらず、気持ちの上では、自分は女性(または男性)であるとの確信をもって、自分は女性(または男性)として生きようという強い意思の下で、女性的な(または男性的な)立振る舞いを行うことについて、2人以上の専門医の医師も、そのような性向を持っているとの診断を下した場合の人を「性同一性障害者」といいます。このように、「心の性」と「体の性」とが一致しないことを「トランスジェンダー」ともいいますが、これを「障害者」と見るのは誤りで、世界保健機関(WHO)は、2018年には、精神障害者の分類から外し、「性別不合」と名称を改めています。
 特例法は、@18歳以上、A現在結婚していないこと、B未成年の子がいないこと、C生殖腺(卵巣や精巣)がないか、その機能を永続的に欠くこと、D変更する性別の性器に似た外観を備えていること、この@〜Dの要件を前提に戸籍の性別変更を認めています。そして、これまで2021年までに1万1030人が戸籍の性別を変えています。
 しかし、Cの生殖不能要件、Dの外観要件については、手術が必要であり、手術要件ともいいます。裁判では、申立人は、ホルモン投与などでC、Dの要件を満たしており、身体を手術までして要求する特例法の規定は、幸福追求権を定めた憲法13条が保障する「自己の意思に反して身体への侵害を受けない自由」に反すると主張しました。
 これに対して、令和5年10月26日最高裁判決は、Cの生殖不能要件は、強度な身体の侵害である手術を甘受するか、あるいは、望むべき性別で扱われたいという重要な法的利益を放棄するかという、過酷な二者択一を迫るものであって、この要件は必要性や合理性はなくなったとして、15名の裁判官が全員一致で憲法13条違反と結論づけました。
 しかし、Dの陰茎切除や精巣・卵巣の摘出については判断をせず、高裁に差し戻したことから、申立人の性別変更は、先送りになりましたが、3名の最高裁判事は、Dの外観要件も違憲で、申立人の性別変更を認めるべきであるという反対意見を述べています。なお、外観要件まで不要であるとすれば、公衆浴場などで問題が生じ、社会生活上の混乱をきたすのではないかという指摘については、反対意見では、そのような混乱は極めてまれなことと考えると述べています。
 最高裁は2019年の時点では、Cの生殖不能要件は合憲と判断していましたが、この4年間で、性的少数者への差別や不利益問題、共生への認識が、一気に高まったということになります。
 もし、Dの要件も違憲となり、規定が撤廃されれば、女性から性別を変更した男性が、女性の生殖機能によって子を産むこともあり、この場合、「戸籍上の男性が子を産む」ということも考えられますが、「母子関係は分娩によって生ずる。」すなわち、「女性による出産」が前提となっている民法や戸籍法等との整合性がさらに今後問題となります。