あすなろ法律事務所
誤送金について

Q.山口県阿武町が新型コロナウイルス対策の臨時特別給付金4,630万円を町内の男性の銀行口座に誤って振込み、返還を求めている問題で、大きな話題になっていますが、民事・刑事の両面からどのような法的措置が可能なのでしょうか。
A.
 新型コロナで生活に困窮する世帯を対象とした国の給付金463世帯分の4,630万円を誤って24歳の男性の口座に振り込んだというのは、町側の大失態ですね。それを返却しないという男性の態度も呆れます。当然、町側は全額の返還を求めますが、その法的根拠は、「不当利得返還請求権」(民法703条)です。法律上、正当な理由もなく、他人の財産を利得している者に対して、その損失を被っている者は、その利益を請求することができるという権利です。本件では、男性は当然4,630万円を取得する権利が無いことを分かっていますから、町は、男性の利得は不当利得だと主張して返還を求めています。しかも男性は「悪意(意図的な)の利得者」ですから、受けた利益に年3%の利息を付けて(4,630万円だと利息は「年138万9000円」となります)を付けて返還しなければならず、さらに、町に損害がある場合はその損害も請求することができます(民法704条)。町は、弁護士費用等も含めて5,100万余りの支払いを男性に求めていますが、それは、男性は「悪意の利得者」だからです。
 次に、刑事罰ですが、男性が銀行窓口で4,630万円を引き出した場合、銀行の窓口係員を騙したとして詐欺罪に問うことができます(刑法246条:10年以下の懲役)。これについては、最高裁は「誤った振込みがあった場合、銀行実務では、受取人の預金口座への入金処理が完了している場合でも、受取人の承諾を得て、振込み依頼前の状態に戻す、組戻し(くみもどし)という手続きが取られる。これは、安全な振込み送金制度を維持するために有益な取り扱いである。また受取人も、誤振込みがあった場合、銀行にそのことを告知する信義則上の義務があると解され、社会生活上の条理からしても、誤った振込みについて、受取人は、これを払い込む人に返還しなければならず、自己のものとすべき実質的な権利はない。」と判示しています。また、窓口ではなく、ATM機で何回も引き出した場合は、人間を騙していないので、銀行に対する窃盗罪ということになります。つまり、法的被害者は町ではなく、銀行という理屈です。
 さらに、スマホを使って自分の口座から別の口座に移した場合は(いわゆるインターネットバンキングの手法)、電子計算機に不正な指令を与えて不実の電磁的記録を与え、財産上の不法の利益を得たということで、電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)になります。これも、懲役10年以下の刑になります。今回、警察は、男性を、電子計算機使用詐欺罪で逮捕しています。
 その後の報道で、約9割近い金額が町に返還されたようですが、大切な税金がカジノ賭博などで無駄に使われたら、本当に困りますね。